PLAYZONE note

少年隊 Playzone(1986-2008)

【12】PLAYZONE '97 RHYTHMⅡ

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Playzone '97「RHYTHM Ⅱ」

上演) 上演期間は1997年7月12日 〜8月3日(青山劇場)、8月8日〜8月11日(フェスティバルホール)。計35公演。

 

 

〔第一幕〕

M1  HOLD YOU TIGHT(ゴスペルver)(作詞:松井五郎、英作詞:EVE、作・編曲: 馬飼野康二(EVE、少年隊)

M2【メドレー1】

  ガラスの十代(作詞・作曲:飛鳥涼編曲:馬飼野康二、塚田 剛

  STAR LIGHT(作詞飛鳥涼、作曲:チャゲ&飛鳥編曲 : 馬飼野康二、塚田 剛(秋山、町田、国分、三浦〜少年隊)*振付:前田、*TATE:渥美

M3 ジュリエットへの手紙(作詞・作曲:宮下 智、編曲: 馬飼野康二(original: 田原俊彦(植草)

M4【メドレー2】(錦織)*振付:前田

  東京ブギウギ作詞:鈴木 勝、作曲:服部良一、編曲:馬飼野康二、柏原利勝)(original:笠置シヅ子

  三味線ブギ(作詞:佐伯孝夫、作曲:服部良一、編曲:馬飼野康二、柏原利勝)(original: 「三味線ブギウギ」市丸)

  ヘイヘイブギ作詞:藤浦 洸、作曲:服部良一、編曲:馬飼野康二、柏原利勝)(original:笠置シヅ子

M5【メドレー3】(東山)

  GET READY作詞・作曲:William Robinson/ Smokey Robinson、編曲:馬飼野康二、塚田 剛(original:The Temptations)(東山、井ノ原、長野、EVE)*振付:前田

  *MY GIRL作詞・作曲:William Robinson/ Smokey Robinson、編曲:馬飼野康二、塚田 剛(original:The Temptations)(東山) *サントラに収録されているが、本編にはなし

M6   *SHAKE作詞:森 浩美、作曲:小森田 実、編曲:CHOKKAKU(original: SMAP(本編では井ノ原、長野。サントラでは少年隊が歌唱)*サントラ収録は本編とは別音源   *振付:前田、SANCHE

  I can't help myself作詞・作曲:Eddie Holland/ Lamont Dozier/ Brian Holland、編曲:馬飼野康二、柏原利勝)(original:Four Tops)

日本よいとこ摩訶不思議(作詞・作曲:野村義男、編曲:船山基紀

M7  ジャングル Jungle(作詩:松井五郎、作曲:羽田一郎、編曲:馬飼野康二、柏原利勝)(original:田原俊彦(EVE〜少年隊)*振付:前田、*TATE:渥美

M8  君に薔薇薔薇…という感じ(作詩:三浦徳子、作曲:筒美京平、編曲:馬飼野康二、柏原利勝)(original:田原俊彦*振付:SANCHE、HIDEBOH

〔第二幕〕

WAになっておどろう(作詞・作曲:長万部太郎、編曲:星野靖彦)(トニセン、ジャニーズJr)*振付:SANCHE 長万部太郎角松敏生ペンネーム。

M9【メドレー4】(東山)*振付:SANCHE、HIDEBOH

  Unforgettable(作詞・作曲:Irving Gordon、編曲:馬飼野康二(original:Nat King Cole)

  チャールストンにはまだ早い作詞・作曲:宮下 智、編曲:馬飼野康二

M10【メドレー5】*振付:SANCHE

  ブルドッグ(作詞:伊藤アキラ、作曲都倉俊一、編曲:馬飼野康二(original:フォーリーブス)

   踊り子(作詞:阿久 悠、作曲:井上忠夫)(original:フォーリーブス

M11  HOLD YOU TIGHT

【メドレー6】

  ギンギラギンにさりげなく(作詞:伊達 歩、作曲:筒美京平(original: 近藤真彦

  スニーカーぶる〜す(作詞:松本 隆、作曲:筒美京平original: 近藤真彦

  けじめなさい(作詞:売野雅勇、作曲:馬飼野康二original: 近藤真彦

  男の子女の子(作詩:岩谷時子、作曲筒美京平original: 郷ひろみ

  仮面舞踏会

  パラダイス銀河(作詞・作曲:飛鳥 涼)original: 光GENJI(井ノ原、長野)

  MADE IN JAPAN(作詞:平井森太郎、作曲:Pasquini-Batten)(井ノ原、長野)

  NAI・NAI16(作詞森雪之丞、作曲:井上大輔original: シブがき隊)(EVE)

  よろしく哀愁作詞:安井かずみ、作曲:筒美京平original: 郷ひろみ(植草)

  ハッとしてGood! 作詞・作曲:宮下 智)(original: 田原俊彦(錦織)

  TIME ZONE(作詞:大津あきら、作曲:Mark Davis〔=馬飼野康二〕)(original: 男闘呼組(東山)

  がんばりましょう(作詞:小倉めぐみ 作曲・編曲:庄野賢一original: SMAP 

  Kissからはじまるミステリー作詞:松本隆 作曲・編曲:山下達郎original: KinKi Kids(錦織)

  うわさのキッス作詞:工藤哲雄、作曲: 都志見隆original: TOKIO(植草)

  $10(作詞:森 浩美、林田健司、作曲:林田健司)original: SMAP(東山)

  ABC

  ダイヤモンド・アイズ

  デカメロン伝説

  バラードのように眠れ

  What's your name?

  君だけに

 

M12  誘われてEX(作詞:松本一起、作・編曲: 馬飼野康二*振付:SANCHE 
   *アルバム『Prism』(1999)収録とは別バージョン

M1〜12はサントラ収録曲順序。記載のない曲はサントラ未収録。

 

ストーリー) 

【第一幕】

1)  先輩歌手の葬儀に集まる少年隊、V6ら。故人が残したPCに『Magic Box 7』というゲームを入れ、クリックした錦織と東山が消える。追いかける植草。

2)  ゲームの中の世界「2050年のトキオ」。ローラースケートで滑る少年達との戦いに勝った錦織と東山は赤と青の〈鍵〉を入手し、赤と青のドア、それぞれに分かれて飛び込む。

3) 「パリの街角」へやってきた錦織。街角で踊って〈剣〉を入手。気になって追いかけてきた植草と合流。

4)  「1965年のNY」へやってきた東山。ダンスコンテストに出場することに。錦織と植草が加わり、優勝。〈自由の女神〉を手に入れる。

5) 「パリ」までアイテムの〈エッフェル塔〉を取りに戻ってから 「ジャングル」に着いた3人。扉の仕掛けに手持ちのアイテム〈エッフェル塔〉と〈自由の女神〉を用いて挑むと、巨大な球が転がってきて、錦織と東山はぺちゃんこになる。

 

【第二幕】

1)  ぺちゃんこになった錦織と東山を救出すべく、植草は客席の力を借りて「ロード」し、前の状態に戻る。錦織と東山、復活。

2) 「2002年のザ・ベストテン」の収録現場へ着いた3人。ADの指示で「なつかしの〜」コーナーで歌い踊る少年隊。〈玉かんざし〉を獲得するも、植草が〈剣〉で井ノ原を刺してしまう。

3)  「時空の狭間」に落ちてきた少年隊。互いへの信頼と友情を確認。

4)  現実世界、過去のジャニーズ合宿所に戻る。

 

 

映像作品)

VHS/LD『PLAYZONE'97 RHYTHM II』(1997年10月22日)収録時間: 2時間20分 
*1997年11月22日発売のプレゾンの廉価版ビデオシリーズに本作は含まれず。

DVD『少年隊 35th Anniversary PLAYZONE BOX 1986-2008』(2020年12月12日)収録時間:2時間20分

音楽作品『PLAYZONE '97 RHYTHM II』(1997年7月21日)

 

キャスト)

少年隊: 錦織一清

     東山紀之

     植草克秀

 EVE:新里レオナ

   新里クララ

   新里リリカ  

Johnny's Jr:秋山 純

      町田慎吾

      国分 博

      三浦 勉    

V6:坂本昌行

  長野 博

  井ノ原快彦

 

広崎うらん

春川さやか

鈴木智

渡辺聡美

村瀬美紀

大石 愛

田中宗一

伊藤 秀

佐藤親教

長坂貴之

 

スタッフ)

監修:ジャニー喜多川

脚本:えんたま、高須晶子

演出:えんたま

振付:前田清美、SANCHE、HIDEBOH

TATE:渥美 博

美術:古川雅之

音楽監督馬飼野康二

衣装:加納豊美、北川和子

照明:勝柴次郎

音響:今村太志、森本孝顕

舞台監督:小林清孝

 

企画:安倍 寧

 

__________

Playzone第12作『'97 RHYTHM II』!!

この続編的タイトル作、完全なめてましたごめんなさい。

『'96 RHYTHM』にもう1歩満足度が足りなかったので、その延長の世界を想像していたら、この『'97 RHYTHM II』、なんならここまでの12作中一番満足したかも?くらい良かったです。

 

とりあえず96年秋から97年夏までの少年隊の活動を見ておくと、新曲のリリースはなし。ただし今回はプレゾン前にサントラが出て、ここに新曲「誘われてEX」が収録。その少し前に前年『'96 RHYTHM』のライブ盤的なサントラが発売になり、こちらに「HOLD YOUR TIGHT」が収録。個々の活動はやはりニッキは舞台とラジオ、ヒガシはトレンディなドラマと舞台、かっちゃんはトレンディじゃないドラマとバラエティ、というのが定着しつつある感じ。

 

今回の『'97 RHYTHM II』は前回に引き続きEVEのお姉さんたち3人が出演。ジャニーズからはトニセン。ただし坂本氏が公演直前に脚を骨折してしまい、設定を色々と変更しないといけなくなった様子。ジャニーズJr.は秋山純が特に頑張っている。さらにこの収録時の公演は客席が豪華で、森光子・うつみ宮土理岡本健一という並びと、近藤真彦長瀬智也岡田准一という並びも見える。

音楽監督馬飼野康二なのも前年と同じ。脚本・演出は前年の高須晶子に加え、「えんたま」さんが加入。これ、最強では?高須さんは「夜ヒット」の、そしてえんたまさんは「ザ・ベストテン」の演出を手がけていたので、80年代で終わってしまった二大音楽番組のノウハウ、ここに集結…!!

前年はなかった「ストーリー」が、今回は非常に上手く設定されている。

 

 

順に見て行きます!!

 

97年の夏、突然の事故で亡くなったスターのお通夜。
『'96 RHYTHM』のために作られた「HOLD YOU TIGHT」がしめやかに英語で歌われる。「ゴスペルver.」という記載。

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あらすじには「トップスター」と書かれているこの遺影人物が誰なのか、最初、私は分からなかったので、数人のジャニーズのタレントの顔写真を混ぜた合成写真かと思ってたのですが、内容から「マッチか!」と気づき、調べたら、なんのことはない、当時ヒットしていたマッチの「ミッドナイト・シャッフル」の時の写真だったんですね。

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このマッチ、私の知ってるマッチと違う…
しかしマッチの葬式を少年隊とV6がやるって設定だけでもうだいぶ面白い!


マッチの葬式をすることになったいきさつ↓↓

www.cyzowoman.com

 

明日の追悼コンサートのことをなかなか決めてくれない少年隊。

ちなみにここでヒガシが読んでる雑誌、うちにあるワー。

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少年隊に不満をぶつけるトニセンの3人。ウエクサのことを悪く言ったナガノに殴りかかるニッキ。

ぎくしゃくしたまま、とりあえず故人の愛用品を見に祭壇へ行く少年隊。

コンピューターを見つけたヒガシ。ウエクサはゲームソフト『MAGIC BOX VII』を見つける。ヒガシとニッキが「このゲームを作動させると、この世から葬られることがあります」と書かれているソフトをさっそくスタートさせてしまい…

 

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消え方、かわいい!

 

ウエクサも二人を追いかけ、ゲームの中へ。
たどり着いたのは2050年のTOKIO
ダンス禁止令が敷かれており、ガラスの十代「STAR LIGHT」をバックにパトロール隊がローラースケートで滑っている。彼らとの闘いに勝った3人は【赤と青の鍵】を入手。ウエクサによると、これは「アイテム」を集めて、先へ進んでいく形式のゲームなのだそう。

目の前に現れた赤い扉と青い扉、ニッキとヒガシはそれぞれ別の扉を開けて、さっさと飛び込んでしまう。残されたウエクサは、ゲームに附属していた現実世界に戻れる【鏡】を取り出し、どうすべきか悩みながら、トシちゃんのカバー曲ジュリエットへの手紙を歌う。

 

赤い扉に飛び込んだニッキはパリに到着。緑のロングジャケットを着ている。アコーディオンを弾くストリートミュージシャン(秋山)に声をかけ、伴奏させて踊る姿は、「巴里のアメリカ人」ならぬ、「パリの日本人」。

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ここでニッキが披露するのは服部良一メドレー。「東京ブギウギ」「三味線ブギ」「ヘイヘイブギ」の三曲。実は今回のPlayzone note、このシーンにひっかかって時間がかかったのですが、それはまた後半に。

ともかく華麗なニッキのダンスと群舞を堪能。

 

集まった小銭に紛れて【剣】が入っているのを見つけ、捨てようとするニッキを、突然現れた黄色いウエクサが引き留める。

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給食当番のような恰好で。

 

一方、青い扉に飛び込んだヒガシは1965年のNYに。

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ダンスコンテストの会場。アイアン・ダンサー(ダンスの鉄人)と呼ばれる二人(井ノ原、長野)と共にThe Temptationsの1966年のヒットGET READYを踊る。本編には登場しなかったけれど同じくThe Temptations、1964年のヒット曲My Girlがサントラには収録。この「My Girl」は、少年隊が夜ヒットで披露した「ビークルメドレー」でもヒガシが歌っていた。

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ヒガシの回転。

 

このヒガシのダンスが認められ、コンテストに出場し、アイアン・ダンサーと競うことになったとき、タイミングよくニッキとウエクサが現れ、3人で出場することに。

アイアン・ダンサーはSMAPの1996年のヒット曲、SHAKEを披露。
対する少年隊はヒゲダンスをしながら登場し、Four Topsの1965年のヒット曲I Can't Help Myself (Sugar Pie Honey Bunch)を歌い踊る。しかしイマイチ受けない。そこでウエクサが「こういう場合はジャパニーズで行こう!」と、シブがき隊のスシ食いねェ!をワンフレーズ歌ってみるが、一層ウケない。

そこで再度ウエクサが「オリジナルで行こう!オリジナルで」と提案し、歌い出したのが「日本よいとこ摩訶不思議」。ヨッちゃんこと野村義男の作詞作曲で、少年隊レコードデビュー前の82年頃からTVやコンサートでは歌われていた曲。ヨッちゃんのバンドThe Good-bye」のアルバム『ALL YOU NEED IS…グッバイに夢中!』(1985年2月21日発売)に「摩訶WHO SEE議」という曲名で収録され、その後、「仮面舞踏会」(1985年12月12日発売)TYPE A(ニッキセンタージャケ)のB面収録時に「日本よいとこ摩訶不思議」というタイトルに。ジャニー喜多川作詞による英語ver.「東京シャッフルBOY」も存在し、ビデオ『LAらLAらLAら』(1986年7月7日発売)には収録されている。The Good-byeバージョンを聞くと、まったく和の要素はないファンキーな曲。少年隊ver.の「日本よいとこ摩訶不思議」は、「三味線ブギ」と一続きで披露されるファンキーなサウンドで、シングルに収録された時の編曲者は船山基紀になっているが、当時のTV出演時の編曲者名は新田一郎スペクトラム)になっており、アレンジの原型を作ったと思われる。

 

この「少年隊」のステージがめちゃくちゃかっこいい!!珍しく衣装までかっこいい。とくにニッキのパンツが細くて丈が短いのもモッズぽくて最高。

 

とにかくこの「ジャパネスク」作戦が功を奏し、少年隊はダンス大会で優勝。トロフィーとして自由の女神を手に入れる。

そして再度パリに戻り、さっき忘れたいたエッフェル塔の置物をとって先へ進む。

(大阪公演は舞台が回らないので、この一度パリに戻る、というのはなかったらしい

 

 

次のシーンは「ジャングル」。Eveの3人と少年隊でジャングルJungle(1990年発売)を歌い踊る。ウエクサが隠し持っていた【鏡】のことがニッキとヒガシにバレ、気まずいながら、なんとか現実に戻る方法を考えていると、天から銀色の大きな星型のグローブ?が落ちてくる。それを両手にはめて動かすと音が鳴り、演奏できることが分かって、トライしてみる3人。しかし「バラバラ」。

ということで君に薔薇薔薇…という感じへ。

すると美しい壺が現れる。これを同じ重さのアイテムで置き換えると次へ進めると理解した3人。候補は自由の女神エッフェル塔。この収録時は客席に居た森光子の選択に従う。

壺を「自由の女神」で置き換えると怪しい地響きと共に巨大な石が転がってきてニッキとヒガシを押しつぶしてしまう。

 

 

〔第二幕〕

 

ペラペラになった二人。

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運良く助かったウエクサは、ちゃんと前の場面で「セーブ」していたので、その地点までロードすれば良いと気づく。観客に呼びかけ、パンフレットに挟んであった鏡状の厚紙を取り出させ、「光」を集めると、無事二人は生き返り、無事に【壺】をゲット。

 

次のシーンは2002年のTV局。「ザ・ベストテン」の収録スタジオ。135歳になったと冗談を言う黒柳徹子が激しく喋りたてるなか、第一位の曲、WAになっておどろう(1997年発売)がトニセンとジャニーズJrらによって歌われる。

マッチの葬式で少年隊が消えた後、今や青山劇場の夏公演はV6の「Dance Zone」になったと自慢げなトニセン。ヒガチ、悔し泣き。

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いたわる二人がまた可愛い…

 

負けじとUnforgettableチャールストンにはまだ早いを披露するヒガシ。

そのダンスを観ていたAD(秋山)が話を進め、少年隊は「懐かしのスター」のコーナーに出演することになる。

ここでの少年隊のパフォーマンスは、さらに「懐かしの」フォーリーブスのヒット曲ブルドッグ踊り子。デビュー前の持ち歌なので、堂々と披露し、【玉かんざし】をゲット!

しかしこの後、イノハラの物言いに腹を立てたウエクサが、アイテムの【剣】でイノハラを刺してしまう。イノハラは力を振り絞り、コンピューターを操作し、彼らを追放する。

 

時空の狭間に落ちてしまった3人。

自分達が勝ち取ってきたアイテムが、三種の神器をなぞらえていることに気づく。

ならば「剣」=「勇気」、「玉かんざし」=「友情」、「鏡」=「信頼」が揃えば現実に帰れるはず、と。しかし喧嘩ばかりの今の少年隊には、これらのアイテムが象徴するものが欠けている、と落ち込む3人。

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反省した3人。それぞれが謝り、信頼する仲間であることを確認しあう。

少年隊が少年隊を演じてきたPlayzoneでは定番のようなシーンだけれど、今回は妙にグッときてしまった。なんだろう…上手くなったというか…。

 

心を通わせた3人は「HOLD YOU TIGHT」を歌い、現実に戻ることが出来た。

 

しかし戻った時点が、1979年のジャニーズ事務所の合宿所。もう一度「ジュニアからやり直し」という事態にショックを受けるも、先輩マッチから電話がかかってきて、「少年隊としてデビュー」することが告げられる。そしてマッチが用意したテープのメドレーを練習しておくように言われ、怒濤のジャニーズメドレー!!!

郷ひろみ「男の子女の子」「よろしく哀愁

田原俊彦「ハッとしてGood!」

近藤真彦「ギンギラギンにさりげなく」「スニーカーぶる〜すけじめなさい」

シブがき隊:「NAI・NAI16」

光GENJIパラダイス銀河

男闘呼組「TIME ZONE」

SMAP「がんばりましょう」「$10」

KinKi Kids「Kissからはじまるミステリ−」

TOKIO「うわさのキッス」

V6:「MADE IN JAPAN」

少年隊:「仮面舞踏会」「ABC」「ダイヤモンド・アイズ」「デカメロン伝説」「バラードのように眠れ」「What's your name?」「君だけに」

 

最後にこのPlayzone97のための曲「誘われてEX」が歌われ、幕。

 

 

ああ、充実のPLAYZONE!!!

ニッキのギャグがビシバシ決まるのも、ヒガシのコミカルな間も、かっちゃんの安定感も、「少年隊」をしっかり見せてもらえるところも、私は大満足です。

先日かっちゃんのディナーショーを見に行き、予想以上に「少年隊」を見せてもらえたことに感激しましたが、いやあ、この97年のプレゾン、80年代にテレビの歌番組で見られたような「少年隊」を洗練・成熟した形で見せてもらえるという、めちゃくちゃ美味しい回だったんだなぁ…

 

 

というところで今回のPlayzone Noteは終わりです!!はい、ありがとうございました!

 

 

ここからは蛇足、という名の私的本題。
今回、あまりに私の関心事とも合致したので、少し調べて考察したのが以下です。

 

前回の『RHYTHM』同様、今回も基本はジャニーズのヒット曲パレードなのですが、パリのニッキが歌った服部良一と、その後のアメリカのダンスコンテストでの「日本趣味」、すなわち「ジャパネスク」とは、ジャニーズにとってなんだったのか。これを少し考えてみます。

 

まずは服部良一

ジャニー喜多川は、服部良一には子供のようにかわいがってもらったと言っていたほど、交流が深かったようで、ジャニーズ事務所のメンバーが服部作品を歌う〈伝統〉は今も受け継がれており、服部良一の亡くなった年の紅白では、少年隊がメドレーを披露。良一の息子である服部克久もジャニーズとの関わりが深く、来月の追悼コンサートにはヒガシが出演予定。

 

そもそもはジャニーとメリーがロスに暮らしていた若い頃(ロスのジャニー)、日本からアメリカ公演にやって来た服部良一笠置シヅ子と知り合ったことがきっかけのよう。→服部良一の孫、朋子さんの話。

またメリーは笠置シヅ子の居た大阪松竹(OSK)に所属して通訳などをしていた縁もあり、朝鮮戦争後、再来日した喜多川姉弟は、毎日、服部家にいりびたっていたそう。→服部克久追悼記事

というわけで、とりあえず年表をまとめました。

 

服部良一(克久)とジャニーズの歌謡史(19年)
 
1887年 中山晋平、長野に生まれる(〜1952年)
1904年 古賀政男、福岡に生まれる。(〜1978年)
1905年 万城目正、北海道に生まれる。(~1968年)
1907年 服部良一、大阪に生まれる。(〜1993年)
1909年 古関裕而、福島に生まれる。(〜1989年)
1914年 笠置シヅ子、香川に生まれる。(〜1985年)
1923年 服部良一、「出雲屋少年音楽隊」に入隊。
1927年 笠置シヅ子、大阪松竹歌劇団へ入団。
1931年 ジャニー 喜多川ロサンジェルスに生まれる。(〜 2019年)
1932年 「影を慕いて」(藤山一郎)が大ヒット。
1933年 ジャニー喜多川一家、日本へ。和歌山に疎開。(1944年頃という説も)
1937年 美空ひばり、横浜に生まれる。(〜1989年)
     「別れのブルース」(淡谷のり子)が大人気に。
1938年 笠置シヅ子、「松竹樂劇団」(SGD)へ。
                この頃、メリー喜多川、大阪松竹歌劇団に所属し京マチ子の世話役など。
1946年 「リンゴの唄」(並木路子霧島昇)が大ヒット。
1947年  5月3日日本国憲法が施行。
     ジャニー、メリーとアメリカへ戻る(1949年という説も)。
                   ジャニー、ロサンジェルスのハイスクールから同市立大学へ。
                 「東京ブギウギ」笠置シヅ子)が話題に。翌年レコード発売。大ヒット。
1949年 「悲しき口笛」(美空ひばり)、「青い山脈」(藤山一郎奈良光枝)、「銀座カンカン娘」(高峰秀子)が大ヒット。
1950年頃 ジャニーの父親のロサンジェルスの寺院に特設ステージ。日本から美空ひばり笠置シヅ子古賀政男ディック・ミネらが訪れ、公演を行う。 
1952年  ジャニー、朝鮮戦争徴兵される。
    「リンゴ追分」(美空ひばり)大ヒット。
1953年 ジャニー、軍事援助顧問団として来日。東京のアメリカ大使館
に駐在。在日アメリカ軍施設「ワシントンハイツ」で少年達に野球を教え始める。
1961年12月 日本でミュージカル映画ウエスト・サイド物語』が公開。
1962年 ジャニーズ事務所創業
1984年~ 少年隊「三味線ブギ」をカバー (1) (2) (3) (4) (5) 
1985年~ 少年隊「東京ブギウギ」をカバー
1986年 少年隊、ジャニーズの「いつか何処かで」(作曲:服部克久)をカバー(『Back Stage Pass』)
1987年 少年隊「LADY/ふたりだけのムーンライト(作・編曲:服部克久)」発売
     少年隊カバーアルバム『Magical 童謡 Tour(全編曲:服部克久)』発売
     少年隊ミニアルバム『PARTY(全編曲:服部克久)』発売
1988年 少年隊「SILENT DANCER」B面「Kiss The Sun(作・編曲:服部克久)」発売 
1989年 少年隊「まいったネ今夜」B面「Sea and island(作・編曲:服部克久)」発売
1990年 忍者「お祭り忍者」発売 *美空ひばり「お祭りマンボ」(作詞・作・編曲:原六朗
1991年 忍者「リンゴ白書」発売 *美空ひばり「リンゴ追分」(作曲・編曲:米山正夫
    忍者「おーい!車屋さん(*美空ひばり車屋さん」(作曲・編曲:米山正夫)/ヘイセイブギ―(*笠置シヅ子「ヘイヘイブギ」(作曲:服部良一

 

服部良一(1907〜1993)は中山晋平古賀政男といった先輩等の作品に比べて「ハイカラ」と評される作風で知らる作曲・編曲家。大阪の生まれで、幼い頃から賛美歌やオペラ、活動写真の伴奏などに触れながらジャズに接近。演奏活動をする中で、ロシアから亡命していたエマヌエル・メッテルというユダヤウクライナ人音楽家から4年間、リムスキー=コルサコフの和声学、対位法、管弦楽法、指揮法をたたき込まれるという機会に恵まれる。(同じくメッテルの弟子には朝比奈隆らもいる。)
その後、上京し、レコード会社に就職。戦後はブギウギブームを作り出すなど、数多くのヒット曲を産み出した。
 
服部は戦時中、上海の陸軍報道部に配属され、そこで当時アメリカで流行っていたThe Andrews Sisters の入隊促進ソング、「Boogie Woogie Bugle Boy」の楽譜を入手。
 
当時の上海はビザ無しで入国できることもあって、東西の文化がたくさん流れ込んでくる国際都市だった。日本はジャズをいわば上海経由で取り入れていた。ヨーロッパとアメリカという東西は分断されたものではなく、文化的回路を通って辿りついたこの上海や日本といった極東で邂逅し、新しいものを生んでいたと言えるだろう。
そもそも「ブギウギ」とは1920年代末に登場したロックンロールの原型の一つで、ピアノなどが奏でるシンコペーションのリズムの中で、ブルースコードが展開する音楽。その後、1938年頃、アメリカの主流なエンタメにも取り入れられ、上記の「Boogie Woogie Bugle Boy」が大ヒットしたのが1941年。これを服部は「譜面」から知った。
しかしブギウギの定義に則るならば、服部良一の「ブギ」はブギではない。「リズムはブギというよりアップテンポのトンコ節」(佐藤、100頁)であり、「三味線ブギ」はもはや頭打ちの「音頭のリズム」になっている。「東京ブギウギ」はブルースコードでもなく、楽しく明るい長調の曲だ。
少しこの「東京ブギウギ」誕生の経緯を見ておくと、歌い手である笠置シヅ子は1938年に松竹楽劇団に参加。この劇団の副指揮者となったのが、東京日日新聞主催の皇軍中支芸術慰問団で訪れていた中国から帰国したばかりの服部良一。笠置の才能に目をつけ、すぐ「ラッパと娘」など楽劇団の歌をレコーディングし、評判となる。戦争で弟を亡くした笠置のために、服部は「大空の弟」という曲を作詞作曲している。
戦後、吉本せいの息子である吉本穎右と付き合っていた笠置は、穎右の子を妊娠中、穎右を病気で失ってしまう。失意の彼女が乳飲み子を抱えたまま芸能の道に邁進するのを後押しするように服部が作ったのが「東京ブギウギ」。作詞にクレジットされているのは、ジャーナリストの鈴木勝(禅の研究でビートニクにも影響を与えたことでも著名な鈴木大拙の息子)。敗戦後の「明るさの裏の刹那的な開放感と明日への不安感」(砂古口、82頁)といった心情を反映して1947年秋から大ヒット。ブギウギは大ブームとなり、服部はたくさんの「ブギ」を作曲。「ブギのリズムは解放のそればかりか、戦後の復興・再建に向けての日本のたくましいエネルギーに満ちた生命力」(菊池、184頁)として、人々の心を支えた。
服部のブギウギは敗戦国の人々の心を掴んだけれど、GIにも「本物のブギ」ではないところが逆に受けた。もともと「服部は、国粋的な時勢の下で、ジャズへの冷たいまなざしを感じつつ、〈真の日本の国民音楽を創り上げたく、殊に其の仕事の一部分として、日本の民謡俚謡等をジャズ化させ、延いて之等のものを主題にした、ジャズ・オペレッタ等に手を付けたい考えです〉と、ジャズ民謡の路線を国民音楽として続ける決意を述べて」(細川、69-70頁)いた。「近代音楽としてのジャズという考えはクラシック界で共有されていたが、そこに〈国民学派〉的な発想を組み入れ、日本らしさを肯定したのが服部の考え方だった」(細川、74頁)。
19世紀のナショナリズムの中で発展した「国民音楽」の特徴として、対外的にその価値をアピールできるものを含んでいることが挙げられる。つまり、より「世界的なレベル」に載せても評価されるフォーマットを持ちつつ、ローカルな特徴を入れ込んで行く、というもの。服部はやろうと思えばがっつりヨーロッパ音楽そのものも、アメリカのジャズそのものも作る技術のある人だったろうけれど、その上で、「新しい日本の音楽」を作るという理想を持ち、実践していったのだと思われる。
そこで問題になるのが、他国からはその「オリジナリティ」として打ち出したものが、「オリエンタリズム」、すなわち物珍しさとして受け取られてしまう、ということ。服部がどこまでこのことに自覚的だったかは分からないけれど、このことを逆に利用したのが、ジャニー喜多川だっただろう、というのが今回の私の結論のようなものです。
矢野は著書の中でジャニーさんをアメリカ人、つまり進駐軍側の人間と見なし、彼の芸能活動というのは、日本人への民主主義の教育だったと述べている(矢野、25頁)。「光GENJI」や「忍者」といったグループ名や、やたら和太鼓や三味線を用いるなど、随所に和の要素を使った彼の演出は「アメリカ人好みのステレオタイプな日本イメージ」であり、「なかば誤解を含んだもの」(矢野、113頁)であるが、それは「アメリカの視点からの〈日本〉再発見で、西洋で評価された日本文化の再評価」という「ねじれたアメリカ礼賛」(矢野、146頁)の形だと述べている。ジャニーが産み出していった世界感は、まさに例の少年隊の曲タイトル通り、アメリカ人にとって「摩訶不思議」なものであり、アメリカナイズされてきた日本人にとっても新鮮な驚きになったのだ。
オリエンタリズムを狙っているわけではなく、むしろ日本オリジナルなものを作ろうとしていた服部の曲は、ジャニーにとっては、海外(=アメリカ)に発信するための恰好の素材だったのだろうと思われる。『RHYTHM II』本編に戻ってみると、そもそもニッキが到着したのが「パリ」で、そこで披露される服部良一の3曲「東京ブギウギ」、「三味線ブギ」、そして「ヘイヘイブギ」は、原曲以上にブギから離れ、日本ぽさを経由しながらもロックなアレンジにいたるというミクスチャーぶり。一方、その後のヒガシが到着した「アメリカ」で、当時のR&Bなどにチャレンジしても「ウケない」とことが分かったときに、日本人の「オリジナル」として「日本よいとこ摩訶不思議」選ぶ、という一連の流れは、まさにジャニーが芸能を通してやろうとしていたことを体現している。
 
1997年のプレゾンはこうしたジャニーの意図がとても分かりやすく表出された舞台だったと思われる。謎の和演出は今のジャニーズでも続いているようだけれど、K-POPが海外規格で登場し、今やむしろアメリカの主流が音楽を牽引しつつあるのに対し、ドメスティックな発展になってしまっていたジャニーズが、ジャニー&メリー亡き今後、どうなっていくのか…
…ということには個人的にはあまり関心はないので、引き続きじっくりとPlayzoneの「精読」を進めていきます!
 
 
 
 
* 参考文献
佐藤良明『ニッポンのうたはどう変わったか 増補改訂版 J-POP進化論』(平凡社ライブラリー、2019年)
服部良一『ぼくの音楽人生 エピソードでつづる和製ジャズ・ソング史』(日本文芸社、1993年)
菊地清麿『評伝 服部良一 日本ジャズ&ポップス史』(彩流社、2013年)
砂古口早苗『ブギの女王・笠置シヅ子 心ズキズキワクワクああしんど』(現代書館m2010年)
瀬川昌久『ジャズで踊って 舶来音楽芸能史』(清流出版、2005年)
山田奨治『東京ブギウギと鈴木大拙』(人文書院、2015年)
マイク・モラスキー『戦後日本のジャズ文化 映画・文学・アングラ』(青土社、2005年)
細川周平『近代日本の音楽百年 黒船から終戦まで 第4巻 ジャズの時代』(岩波書店、2020年)
戸ノ下達也編『〈戦後〉の音楽文化』(青弓社、2016年)
黒田晴之『クレズマーの文化史 東欧からアメリカに渡ったユダヤの音楽』(人文書院、2011年)
伊東信宏『中東欧音楽の回路 ロマ・クレズマー・20世紀の前衛』(岩波書店、2009年)
矢野利裕『ジャニーズと日本』(講談社現代新書、2016年)
太田省一SMAPと平成ニッポン 不安の時代のエンターテインメント』(光文社新書、2016年)